保護貿易は是か非か ― 2009/02/14 10:49
金融危機の中で、アメリカがバイアメリカン運動を叫ぶ人が出てきた中で、保護貿易に反対する意見が出てきている。
保護貿易はなぜ悪なのか? 自由で公平な貿易で発展を促したいという表向きの理由はさておき、たとえば日本が反対するのは、輸出が制限されるからである。しかし、日本は、米に関しては高い関税を課している。農業を守るためである。保護貿易反対を叫ぶのであれば、輸入関税を撤廃するのが道理ではないか。
アメリカも自動車の輸入では2.5%の関税を課している。日本は車の輸入関税は0である。これは、一種の保護貿易である。どのこ国も、自国の権益をまもろうとする。自由貿易を推進しようとする国は、全体的に自由貿易の方が、自国にとってメリットがあると考えているからだ。
要は、基本的にエゴのぶつかり合いでしかない。保護貿易をどこかが行うと、他の国も追従し、全体的に効率が下がるというナッシュの均衡がある。
だが、効率が下がろうが、高いものを買わされようが、自国にとってメリットがあれば、それでよいのだ。世の中は結局保護的にならざるを得ないのだ。
たとえ話をしてみる。輸入しかしない国は、お金がどんどん外へ出ていく。借金をするしかなくなる。そのうちに、ものが買えなくなる。だから、替わりに何かをこしらえて外に売らねばならない。そうしてバランスする。輸出しかしない国は、金がどんどんたまる。金がどんどんたまっても、使い道がない。その国の通貨ではないお金があっても、輸入をしないんであれば、そのお金は何の値打もない。紙屑同然である。仕方がないから、自国にないものを買ってくる。
最終的にどこに落ち着くかというと、貿易収支がバランスしたところで均衡する。さもなくば、たまったお金は、国際的なバブル崩壊で、泡となって消える。
今回のサブプライムでアメリカ以外の国が被った被害は、貯めたお金の価値がなくなったということだ。つまり、不均衡は貿易によって、均衡するか、バブルによって借金帳消し的に消えるかのどちらかである。借金帳消しになれば、借りたもんが得をしたことになる。その変わり信用は失墜する。それが今のアメリカだ。
そうすると、結局バランスをとって運営することができれば一番好ましいという結論になる。でも、そうかと言って、要らないものを買うのもばかげている。結局、何らかの操作によってバランスさせざるをえなくなる。それは、関税でなくても、為替によっても可能になる。国民にとっては、関税で高いものを買わされようが、為替レートで高いものを買わされようが、同じことである。
保護貿易を行ったために世界恐慌が発生し、世界大戦になったという人もいる。不景気になったから、景気刺激で戦争をおっぱじめたということだ。戦争は、景気刺激には一番手っ取り早い。しかし、一時的であり、最後は体力が消耗する。アメリカはイランやアフガンで体力を消耗した。そして、アメリカの権威は失墜した。戦争になるかならないかは、戦争によって利益を享受する人間を放置するかしないかということである(利益の偏在)。だから、保護貿易が戦争につながるというのは論理の飛躍である。全体の貿易量が少なくなるということにはなる。しかし、必要な貿易は行われる。それは、ある意味はでエコな社会である。必要以上のものを手に入れようとするから、環境も破壊されるのだ。
人は、儲けようとする。国も儲けようとする。儲けるというのは、人から利益を搾取するということに置き換えられる。そして自分だけが良い生活をしようということになる(利益の偏在)。全体的によい生活をすることは可能なのだが、それでは満足しない人や国あるから問題は起きるのだ。政治の本質は、そういうことが起きないように全体がこのましい生活をできるようにすることなのだ。そういうことに気がついてないか、忘れている人が政治を行っている。
保護貿易はなぜ悪なのか? 自由で公平な貿易で発展を促したいという表向きの理由はさておき、たとえば日本が反対するのは、輸出が制限されるからである。しかし、日本は、米に関しては高い関税を課している。農業を守るためである。保護貿易反対を叫ぶのであれば、輸入関税を撤廃するのが道理ではないか。
アメリカも自動車の輸入では2.5%の関税を課している。日本は車の輸入関税は0である。これは、一種の保護貿易である。どのこ国も、自国の権益をまもろうとする。自由貿易を推進しようとする国は、全体的に自由貿易の方が、自国にとってメリットがあると考えているからだ。
要は、基本的にエゴのぶつかり合いでしかない。保護貿易をどこかが行うと、他の国も追従し、全体的に効率が下がるというナッシュの均衡がある。
だが、効率が下がろうが、高いものを買わされようが、自国にとってメリットがあれば、それでよいのだ。世の中は結局保護的にならざるを得ないのだ。
たとえ話をしてみる。輸入しかしない国は、お金がどんどん外へ出ていく。借金をするしかなくなる。そのうちに、ものが買えなくなる。だから、替わりに何かをこしらえて外に売らねばならない。そうしてバランスする。輸出しかしない国は、金がどんどんたまる。金がどんどんたまっても、使い道がない。その国の通貨ではないお金があっても、輸入をしないんであれば、そのお金は何の値打もない。紙屑同然である。仕方がないから、自国にないものを買ってくる。
最終的にどこに落ち着くかというと、貿易収支がバランスしたところで均衡する。さもなくば、たまったお金は、国際的なバブル崩壊で、泡となって消える。
今回のサブプライムでアメリカ以外の国が被った被害は、貯めたお金の価値がなくなったということだ。つまり、不均衡は貿易によって、均衡するか、バブルによって借金帳消し的に消えるかのどちらかである。借金帳消しになれば、借りたもんが得をしたことになる。その変わり信用は失墜する。それが今のアメリカだ。
そうすると、結局バランスをとって運営することができれば一番好ましいという結論になる。でも、そうかと言って、要らないものを買うのもばかげている。結局、何らかの操作によってバランスさせざるをえなくなる。それは、関税でなくても、為替によっても可能になる。国民にとっては、関税で高いものを買わされようが、為替レートで高いものを買わされようが、同じことである。
保護貿易を行ったために世界恐慌が発生し、世界大戦になったという人もいる。不景気になったから、景気刺激で戦争をおっぱじめたということだ。戦争は、景気刺激には一番手っ取り早い。しかし、一時的であり、最後は体力が消耗する。アメリカはイランやアフガンで体力を消耗した。そして、アメリカの権威は失墜した。戦争になるかならないかは、戦争によって利益を享受する人間を放置するかしないかということである(利益の偏在)。だから、保護貿易が戦争につながるというのは論理の飛躍である。全体の貿易量が少なくなるということにはなる。しかし、必要な貿易は行われる。それは、ある意味はでエコな社会である。必要以上のものを手に入れようとするから、環境も破壊されるのだ。
人は、儲けようとする。国も儲けようとする。儲けるというのは、人から利益を搾取するということに置き換えられる。そして自分だけが良い生活をしようということになる(利益の偏在)。全体的によい生活をすることは可能なのだが、それでは満足しない人や国あるから問題は起きるのだ。政治の本質は、そういうことが起きないように全体がこのましい生活をできるようにすることなのだ。そういうことに気がついてないか、忘れている人が政治を行っている。
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