胡門周一の驢鳴犬吠

　ソニーの経営状態が良しくない。テレビ事業の赤字が足を引っ張っているという。ソニーはテレビ事業のコストダウンでテレビ事業を立て直そうとしているが、はたして成功するのだろうか。 　結論から言うと、成功しないと考える。なぜなら、パネルを外部調達しているからだ。決して、アセンブルラインの高コスト体質だけが原因ではないし、アセンブルラインのコストダウンを行ったにしても、赤字は解消できない。
　ソニーは、トリニトロンで成功を収めた。なぜ成功したかというと、トリニトロンという技術と、垂直統合モデルをもっていたからだ。そもそも、垂直統合モデルがなぜ必要なのかということがソニーの中で徹底的に議論されてないと思われるふしがある。自らの成功体験を、分析し、それを事業展開の思考パターンにまで落とし込むことができてないのだ。
　垂直統合モデルはもう古い、部品などは外部から調達すればよいという声をよく聞く。その考えが間違っているとは思わない。あるケースではそれは正しい、しかし、テレビ事業ではその考えは当てはまらない。 　垂直統合モデルを捨ててもよいパターンというのは、部品がどこからでも調達できるケースである。わざわざ自分のところで作らなくても、互換性の保てる部品が世間にゴロゴロしている場合は、垂直統合モデルを維持すること自体が無駄である。しかし、テレビ事業はそうではない。大型ＦＰＤを安く作れるのは、日本ではほぼ１社、韓国２社、台湾２社の五社しかない。しかも、このうち３社は自分の会社もしくはグループ会社で最終製品のテレビを作っている。ソニーは現在その３社のうちの主に一社からパネルを調達している。昨年にはシャープとの提携も発表されたが、シャープも自社テレビを持っている。自社テレビを持っている会社が、競合に有利な展開をするはずがないのである。つまり、基幹部品の調達において、ソニーは非常に不利な状態にあるのだ。
　ついでに言っておくが、３社は自社製品のテレビを持っている。それはあくまでも垂直統合モデルにこだわった結果である。自社で持っておれば、それだけ利益を生み出す場所が広がるのである。 　もうひとつ、垂直統合モデルにこだわらなければならない事情がある。それは製品の機能にある。テレビというのは、見る機能である。見る機能しかないと言ってもよい。単機能製品である。単機能製品は機能や性能での差別化が難しい。しかも、テレビは古くから存在し、今更特許などで独占的に利益を稼げる製品ではなくなってきている。 　こういう単機能製品は、コストが低くできないと勝負ができない。しかし、外部からパネルを調達してきて組み立てていては、自ずとコスト低減には限界があるし、同様な形体で格安のテレビを作るメーカとの差別化にも限界が来るというものだ。他の単機能製品ではＤＲＡＭというのも同じだ。これも差別化ではなく、コスト勝負の製品である。
　ソニーは以前の経営者の判断で垂直統合モデルを捨てた。その時の判断は、おそらく垂直統合モデルは古いという考えであったと想像できる。彼らは、垂直統合モデルを採用するかしないかの客観的判断基準を持っていなかったのである。ちょうど、世界の政治がすべて新自由主義に流れて行った時の判断と似ている。そのころ、やたらとディファクトスタンダードという言葉がやたらともてはやされた。ディファクトスタンダードさえ目指せば正しい選択であるかのような錯覚を経営者が持っていたが、そのベースとなる経営理念は空虚なものであった。
　日本の家電メーカはどこも似たり寄ったりである。ものづくりにおいては、しっかりとした理念がないと、すぐに立ち行かなくなる。なぜなら、コスト競争というレースの中では、同じ条件ではなく、競争のバックグラウンドからして明らかに差がある競合相手がひしめいているからである。そういう領域で勝負をすること自体が自殺行為なのである。ただ、圧倒的な技術力を持っているのであれば、コスト競争を行わなくても済むのであるが、テレビはもはやそういう商品ではなくなっている。